宗教って何のためにあるんだろうね??
みんなただただ幸せになりたいだけなのにね
さて、今日は幸せについて書いていきます
もちろんしあわせに宗教は関係ありません
しあわせになりたいなら3つのことを学ぼう
しあわせになるためには勝ち取ることが必要
しあわせと言えば人生の満足度のこと
宗教やっている人ってなんか人生の為というより魂のため的なこじつけで生きてない??
どういうことかって言うと魂を磨くとか、来世の為とかさぁ~
全く意味が分からん
俺もお経を唱えていたけど、唱えてる時は全く幸せは感じない
そんなことよりも人間は
煩悩で出来ている
その煩悩って抑えるためにあるの??
もちろん欲を満たすだけで生きていれば身は亡ぼす
だけど欲を満たさなければ幸せになんてなれっこない
地球はこんなにも美しく、
ご飯は美味しく、
可愛い女子が山ほどいる(笑)
なんのために生きてるの??
感受性を押し込めるな
煩悩=欲=悪
これは明らかに間違っている
そもそも何のために欲があるのか!?
子孫を残すため
ご飯を食べて生きるため
そして、、、
しあわせになるためだ
世界はこんなにも素晴らしい
山があり海があり
花が咲き、鳥が舞う
美味しいご飯に
可愛い女性
これを味合わずに生きるということの方がよっぽど命に、魂に対して失礼だとは思わないかい??
しあわせとは、欲望に素直になってそれを味わうことが醍醐味であり生きるということだ
しあわせになるために②
確かに欲望は人類が子孫を残し繁栄するためには必要なことである
しかし当たり前だけど欲にまみれれば結果は目に見えている
ひとには欲とは相反するもう一つの能力が与えられている
それは、理性
欲はむさぼれば人を犯し侵略し滅ぼす
どんなに欲が満たされても欲には終わりがないからだ
それこそ魂を磨くとは、欲と上手に付き合うことだと思う
それが小さな足元に転がっていたり、、、
すでにある
気づくということ
人は欲深い生き物だ
でも気づけばほら
しあわせはすでに十分にある
きれいごとだけどホントのこと
だけど、たまには欲も満たさなくっちゃあそのしあわせ嘘じゃない??
しあわせになるために③
それは与えるということ
生き物はどーせ死ぬ
無くなるいのちであるということは産まれたときに既に決まっている
しかし、いのちは続いていく
子孫が生まれたり
あなたの行動一つ一つが誰かに影響を及ぼして続いている
世界に何を与えるか??
これが人生の意味なんだと思う
世界に何を与えるか!?
そのためにできること
それは
隣の人に優しくすることなんだと思う
人に優しくする
みんながやれば何が起こる??
自分も誰かに優しくされるってこと
自分の幸せは自分だけでは叶わない
だれかに与えられて初めて得るしあわせだってある
宗教が人をしあわせにするんじゃない
そうだよね

最後まで読んでくれてありがとうございます
宗教論については徐々にこちらのブログでも書いていきたいなぁと思っています
当時はネットが普及していなかったことあり、若輩者の僕はかなり遠回りな人生を送ってしまいました
それでもぼくの経験がネットを通して誰かの人生のお役に立てればとブログを書き始めました
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